肺がんの患者さん「竹山さん」の事例をご紹介します。


今日は、重要な事例として、
私と、ある患者さんとのやりとりを紹介したいと思います。


【患者さんのプロフィール】


■患者さんのお名前:竹山さん(仮名)

■お住まい:秋田県

■年齢:66歳

■がんの種類:肺腺がん

■進行度:ステージ3B
左肺1箇所約5cm大 右肺2箇所小さい腫瘍。
中央のリンパ節浸潤の恐れ有り。

■がんの告知:2011年9月

※本村ユウジのレポートを購入いただき、
 メールのやりとりをされたのは、
 東京にお住まいの竹山さんの弟さんでした。

 この事例は、ご家族の方に「みなさんの参考になるのであれば」と
 快く許可をいただき、このブログに掲載させていただいています。


【これまでの治療の経緯】

手術も放射線治療(重粒子・陽子線含む)も不可だったため
治療はカルボプラチン+ペメトレキセドによる
抗がん剤治療のみ。

2011年10月~12月まで投与を実施。
腫瘍マーカーの値と腫瘍の大きさが投与開始時は
減少傾向が見られたが、その後は元に戻ってしまい、
あまり効果が見られなかった。体調不良などやや強い副作用あり。


【相談の内容】

2012年1月から、別の抗がん剤を使って、
治療を試みる、というのが主治医の見解。

今後の治療をどうすべきか、という相談を受けました。


【本村ユウジの回答】
(実際はこれよりも長く、数回に渡っているため抜粋しています)

医療機関としては抗がん剤治療しか
選択肢がないのは確かです。

抗がん剤治療は、効果に個人差がありますので、
初回の抗がん剤治療がしっかり効いて、副作用も少なければ、
「長期間・少量の抗がん剤をコツコツ投与する」ことで
がんの増殖を一定期間抑えられたと思います。

しかし、お兄様の場合は、
第一選択の抗がん剤にさほど効果がなく、
食欲不振や体調が悪くなるなどの副作用が強く出ているので、
今後、抗がん剤の種類を変えたところで、
大きな改善は見込めないと考えられます。

このまま治療を進めても、
徐々に体力が奪われ、体調不良の日々が続き、
いっぽうで抗がん剤の効果はみられない・・・という
低空飛行状態が続き、
1年ももたない・・・という可能性が高いです。

腫瘍が存在することによって、
呼吸困難や咳が止まらないなどの自覚症状が
出てしまっている場合は、
薬で縮小を図るなど、具体的な処置をしなければいけません。

食事の改善や生活習慣の改善は、
"防御"が主な目的で、
がん細胞に侵された部分の「早急な修復」には向かないからです。

すでに5cm大と、かなり腫瘍が大きくなっているので、
予断を許さない状態だといえますので、
医師が「これ以上大きくなると本当に危険なので、
続けて抗がん剤を打たないと手遅れになる」というほど、
緊急性が高ければ、抗がん剤の投与を受けるしかありません。

しかし、抗がん剤のリスクも高いので、
経過を慎重に把握しながら、
できるだけ自然治癒力の回復に注力するほうがいいです。

・・・

という回答をしていました。


そして、つい先日、次のようなメールが
竹山(弟)さんから届きました。


【竹山(弟)さんから届いたメール】


悲しい結果となりました。

本村さんの丁寧・適格なアドバイスを
活かせなかったのが悔しくて悲しい  

兄が2回目化学療法ドクタキセル
3クール目の副作用で容体急変し逝去しました。


■容体急変までの経緯

・2回目入院1月16日:年末より顔色よく元気だった情報あり

・1クール目点滴1月25日  
2月6日頃からやっと食事がうまい(副作用緩和のメール受信)

・2クール目点滴2月15日
退院2月19日(体調普通の返信メール受信)

・3クール目点滴3月7日
秋田まで片道50kmを自分で車を運転して行ったと後日聞いた。


・3月18日兄嫁から電話あり、
自宅近くの総合病院に緊急入院中と。

いつものように点滴1週間後に副作用を発症。
しかし今回は高熱を出し苦しみだしたため入院した。

3月15日に緊急入院。
白血球が一時700位まで低下しその後1500~1800に上昇した。

3月20日に東京から入院先病院へ駆けつけ看護に参加。

血中酸素濃度が80くらいに低下し
呼吸困難状態が続いたため、夜にはモルヒネ緩和治療に、
兄本人や兄嫁も同意。

兄が21時過ぎに家族と兄弟(私と姉)を
ベッドに集めて別れの言葉を言い残して眠りにはいった、

午前0時前に目覚め再び別れの言葉を残し、
3月21日4時に永眠となった。

肺のX線写真15日入院時撮影画像と19日撮影画像を比較したら、
4日間で肺が真っ白になっていた。

・・・

抗がん治療は2クールで止めると言ってたはずが、
重粒子線治療ができないとわかり、
主治医の勧めるまま3クール目を受けてしまったようです。

大丈夫かと主治医に尋ねたら大丈夫との回答だったため、
今回で最後にするつもりだった。

騙された気がすると20日に病院で本人から聞いた。

治したい一心と医者への気遣いから
無謀な抗がん剤治療に1回余計に挑戦したのが命取りになった。

緊急入院したが、兄自身はすぐに平常に戻るつもりでいたため、
兄弟への連絡をしなかったと聞いた。

本村レポートにあれほど抗がん剤は死後を早める、
命を縮めるデメリットが謳われていて、
資料も送っていたのに、兄の行動を導くことができなかった。

兄の性格は、対面して言葉で直接訴えないと
理解してくれない頑固さがあった。

医者の薦めを断れない優しい性格が災いしてしまった。

大事な局面で兄と交信をとどこったことや、
直接ことばで理解してもらうことができなかったのが悔しい。

標準治療と言えども2回目の抗がん剤治療を行うときは、
点滴前の各種血液検査をクール毎に行う慎重さが
必用だと最後の入院先の先生に知らされた。

秋田の若い主治医がそこまでやった記録がないらしい。
今さら言ってもしょうがないが、
法要に行ったとき、報告がてら主治医に確認したい
気持ちがくすぶってます。今後同様な患者を出さないためにも。

「がんを完治させる5つのルール」
「がんを治す生き方」は姉や私が
今後の生き方の参考にさせてもらってます。

いろいろサポートして頂きありがとうございました。

・・・


【竹山さんの事例を活かすために】

まずは、この事例の紹介をご了承くださった
竹山さんにお礼を申し上げたいと思います。

ありがとうございました。

竹山さんからは「ぜひ今後に活かしてほしい。
がんは誰の、どんな情報を信じて優先するかで 
人の運命も大きく左右される病気だと思います」

というお言葉をいただいています。

私たちはこの事例から、
大切なことを学ぶことができます。

2月の中旬時点では、お元気な様子で、
普通に生活ができており、食欲もあった状態です。

ですが、一か月後に亡くなるという
辛い結果を迎えることになりました。

これは、ご遺族が感じていらっしゃるとおり、
抗がん剤の強い副作用がもたらしたものだと考えられます。

もし、抗がん剤治療を受けていなければ、
ここまでの急変はあまり考えられませんし、
「元気に過ごせる日々」はもう少し長かったはずです・・・。


もちろん、抗がん剤治療自体を批判するものではありません。
いたずらに恐怖をあおることは考えていません。

抗がん剤にはがんの進行を抑えることができる、という
メリットがあります。

しかし、その毒性を注意深く考慮しなければなりません。

デメリットをメリットが上回る、と考えられるときに
活用すべき治療法です。

今回の竹山さんのケースでは、

・初回の抗がん剤治療に効果が見られなかったこと。
・やや強い副作用が出たこと

で、抗がん剤を継続するメリットは薄くなり、
副作用のデメリットは確実に存在するという状態でした。

判断はケースバイケースであり、
どちらが正しいと100%決めることはできません。

ですから、「とにかく投与を続ける」という考えではなく、
目的をしっかり持ち、効果と副作用を用心深く見つめ、
できるだけ最低限に抑えることが大切です。

もう1つ、大切なことは
「医師に、"自然治癒力"という概念はない」
ということです。

自然治癒力を高めよう。高めるべきだ、という考えがないため、
使う手段が「抗がん剤しかない。それを続けるしかない」という
考えに至るのです。

とはいえ、医師の治療方針に異を唱えることは、
患者にとって、厳しい選択になります。

医療のプロである医師の判断を遮り、
自分の考えを貫くのは、とても難しいことです。

ですが、竹山さんのようなケースは、
このように目の前で起こり、日本中で起こっているのです。

医師が必ず正しいことをしてくれるわけでもなく、
医師が責任を追及されることはありません。

全ての責任を負うのは、患者さん本人とその家族です。

ですから「自分で決める」ことが大切であり、
苦しくとも「自分で決められる」だけの知識と情報を持たなくてはなりません。


今回のような悲しいことが起こると、
自分自身の力のなさを痛感します。

大切なことをもっと強く伝えなければならないですし、
個人個人を深くサポートしたいと思います。


「念のための確認」でも構わないので、細かいことでも、
メールサポートを活用していただければと思います。


最後に、亡くなられたお兄様の冥福を
心よりお祈り申し上げます。